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Archive2019年10月 1/4

スメラ神国とユダヤ神国の和合

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『日月神示』の示すユダヤと日本の相克和合…スメラ神国とユダヤ神国の和合 スペイン語学者の東京外語大学名誉教授笠井鎮夫と二十来の深い交流のあった大本信者でした。 笠井は、岡山県金光中学の同窓(天命の一年先輩)であり、天明とともに大正期に大本信者となり、天明が大本系の神事である『日月神示』を取次してたころ、ともに神示の解読に加わっていた経歴を持っている人物でした。 笠井は、昭和五十一年神事放談会(於神理研...

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.日本とユダヤは表裏一体

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日本とユダヤは表裏一体…『霊界物語』の示すユダヤと日本の脈絡 王仁三郎は、白山に「ユダヤと日本の完全な提携」がなければ、全世界の終末的戦争は収捨されないことを予言しました。 王仁三郎は、『霊界物語』第六十四巻(上)においてユダヤと日本の関係・世界の統一勢力などを大正十二年に口述していますので要約して紹介します。一、アメリカと日本が当時の世界情勢の中で、二大勢力となり互いに暗々裏に争いやがて両雄相戦...

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白山義高のユダヤと日本の提携

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白山義高のユダヤと日本の提携…霊徳文明へのカギ 王仁三郎は、白山義高にユダヤ遺跡の開発をして、その遺跡の聖地でに日本とユダヤの旗を建て、世界に知らせることを指示しました。 昭和27年10月、白山は、淡路島の洲本市古茂小磯の古代イスラエル遺跡の聖地に日本の国旗とイスラエルの国旗を交叉して、広く全世界に告げました。 その意義について「世界の暗黒を照らす太陽と星は遂に交叉した。日本の国旗日の丸と、イスラエル...

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「ユダヤと日本の完全な提携」が世界を救う

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「ユダヤと日本の完全な提携」が世界を救う…ユダヤとアラブの宗教戦の収拾 王仁三郎は、白山義高に「お前は一宗一派に囚われてはならない。それだから大本教に入信しないで、皇道大本の行者になれ」と諭しました。そして、白山に「現代は加速度的に、一途に世界は破局に進んで行く。如何なる理由を持たせるにせよ、戦争は戦争へと、全世界は戦場化して、神定の世の終末の審判が始まる。どうした機会で戦争が収捨されるかは、ユダ...

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国家権力を挑発し大本弾圧を誘発

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国家権力を挑発し大本弾圧を誘発…第二次大本事件を誘導する王仁三郎 王仁三郎は、当時の日本の権力闘争の渦中に皇道大本を積極的に巻き込んで、国家権力による弾圧を誘発しようとしていました。 権力側が刻々と大本弾圧の準備を進める中で、王仁三郎が、昭和十年の第二次大本事件を誘発していた事実を大本幹部大国美都雄が当惑気味に述べています。 昭和青年会の運動で、王仁三郎の指示で軍事訓練までに及び始めた頃、大本幹部...

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獣性(六六六)文明の崩壊

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歌碑破却の仕組…獣性(六六六)文明の崩壊 王仁三郎は歌碑にも体主霊従国家崩壊の仕組を組み込んでいます。 王仁三郎は、昭和七年より八年にかけて、北は北海道から南は九州喜界島に至るまで日本全国(一部台湾を含む)の神縁の地に四十余基の歌碑を建立し、歌碑建立の意義を「よろづ代の道の礎固めむと われ国々に歌碑を建つるも」と詠んでいます。 この歌碑の中に、「日本の要」と言霊を刻印した歌碑が二基あります。 一つ...

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月宮殿の破壊

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月宮殿の破壊…第二次大本事件の移写拡大により体主霊従国家は崩壊した 国家権力は、何者かに突き動かされたかのような異様な弾圧力を発揮して、昭和十年の第二次大本事件時に天恩郷を破壊しました。 天恩郷には、月宮殿、大祥殿、光照殿、透明殿、高天閣、春陽亭、更生館等の建築物が建ち並んでいましたが、昭和十一年に全ての建築物が破壊されました。 月宮殿の霊的位相は、破壊をすでに予見していた王仁三郎が、弾圧前に鎮祭して...

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月宮殿の仕組

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王仁三郎の仕組んだ体主霊従国家崩壊の自爆装置…月宮殿の仕組 王仁三郎は、皇道大本の聖地である亀岡の天恩郷に弥勒神政の宮である月宮殿を建設しました。 そして、この宮殿に世界の立替立直しの仕組を織り込みまいた。 月宮殿の完成は、昭和三年十一月でしたが、明治三十六年~三十七年ごろ王仁三郎が、和知川から小石を拾い積んで月宮殿の宝座模型を作って楽しんでいたといいますから、建設構想以来二十五年を経て実現したこ...

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第二次大本事件と太平洋戦争

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「大本」の出来事が六年後「日本」へと移写…第二次大本事件と太平洋戦争 昭和十年十二月八日の第二次大本事件で、天皇制絶対主義国家(大日本帝国)が出雲の地の王仁三郎を攻撃検挙した事件(神劇)は後述しますが、きっちり六年の期間をおいて、日米戦の初戦の真珠湾攻撃として移写拡大して顕現しました。 同日、大日本帝国の国家権力は、皇道大本の拠点亀岡の天恩郷を襲撃し、以後昭和十一年までに天恩郷の全ての建物を破壊しま...

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ヒットラーのナチスドイツとの共闘

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ヒットラーのナチスドイツとの共闘…三国同盟への道 ドイツでは、昭和三年五月にナチスがドイツ国会選挙で十二席獲得、昭和五年ドイツ国会選挙で百七議席獲得、昭和七年七月ナチス第一党(二百三十議席)と急速にナチスが躍進していき、昭和八年一月ヒットラーがドイツ首相に就任しました。 王仁三郎の経綸の棲みは、ナチスが台頭し始めた昭和四年の段階で、所を満州奉天に設定して日独同盟の成立とその後の崩壊の雛型を仕組んで...

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