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後藤田と亀井静香①

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mistoshi
佐高 後藤田さんの場合も。
朝堂院 後藤田さんの選挙にも行ったことはないですよね、どこの選挙も。
佐高 それで、後藤田さんからの最初のアプローチというのはどういう感じだったんですか。
朝堂院 後藤田さんが弁護士が必要なときがあったんですよ。
佐高 久次米健太郎と争った選挙の。
朝堂院 選挙で違反したと後藤田さんはバンバン叩かれていて。
佐高 三木武夫と田中角栄の代理戦争と言われた壮絶な戦いでしたね。
朝堂院 弁護士がいるというときに、わしの関係する弁護士が入って。弁護費用もいるわけだけど、それも弁護をボランティアでやってやれというので、弁護士の送り屋みたいなもんだ、わしは。
佐高 法曹政治連盟の、そういうのですか。
朝堂院 法曹政治連盟の前身みたいなものがあったんですよ。法曹研究会。
佐高 そのときは後藤田さんに面識ないけれども、政治家として知っていた。
朝堂院 もちろん、面識はありましたよ。
佐高 面識があったと。ただそこまで。
朝堂院 頼まれて、お会いしましょうということで。それから後藤田が当選したあと、永田町の十全ビルの7階に後藤田の事務所を作ってあげたんです。後藤田が警視庁長官時代に秘書をやっていたノンキャリを事務局長にして、わしの社員を秘書にしたんですよ。秘書の中の一人の、秋月恵一郎と言ったかな、大阪大学を出た社員を第一秘書にしたわけです。
秋月が最後まで筆頭秘書のままいっていたら、後藤田は総理大臣になっていたと思いますよ。秋月は優秀だったからね。後藤田も秋月をものすごく気に入ってくれていたんですよ。
後藤田が初めて務めた大臣は自治大臣です。それが79年だったんだよね。わしと石原慎太郎が運河を造るためニカラグアに行っていたとき、東京の後藤田から国際電話が入った。「俺、大臣になったから、優秀な人間を一人、秘書として回してくれないか」と言ってきたんです。
すぐわしは外国からそのまま会社(ナミレイ)に電話をかけて、「秋月、おまえ行ってこい」と言った。秋月を指名してね。後藤田も一目で気に入っちゃった。秋月のお父さんは軍人だったんだけども、秋月は苦学して、大阪大学に通っているところにわしの弟の家庭教師をしていた男なの。それを、わしが会社をやるころに引っ張って入社させちゃった。それで部長職をやっておったんです。
秋月には「おまえ、ちょうどいいから後藤田の秘書になれ」と言って行かせて、後藤田も喜んでくれた。いずれは秋月が後藤田の周辺のすべてを仕切るようになる予定でした。
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